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「いのちの食べ方」 [それでもどっこい生きてます]

さっそく【ポレポレ東中野】で、「いのちの食べ方」を見てきました。

私は勝手に牛や豚の解体現場の映像がメインかと思っていたのですが、そうではなく、野菜や魚も取り上げていていました。

「大量の食材が効率的に作られる」ということがどういうことなのか、良く分かります。
防毒マスクをして大量の農薬をまいたり、信じられない大きなハウスで大量のひよこが育てられていたり。

あまりにも淡々と映像が続くので、「これはハズレか?」と思ったのですが、逆にその淡々として刺激的ではない映像が、現場でやっていることのギャップを際立たせていました。

アンチな映画だと取る事も可能だし、実際そうなんでしょうが、「これが現実なんだな」というのが私の感想。

同時上映の『人間の街―大阪・被差別部落―』も見てまいりました。
1986年だから、20年ほど前の作品。

作品解説:

この作品は、被差別部落の人々の様々な語りから、その差別の重さを感じさせる。いくつかの物語をつなぎ合わせて拾い集めた、人間のもつ輝き。障害者、水俣出身者、住宅要求闘争、解放運動、そして屠畜。屠畜技術者が小学校に出向いて自分の仕事について子供たちに語りかけるシーンは圧巻である。「“誰れかが牛殺さな、たべてかれへんねん、肉たべられへんねん”て言えるくらいな、みんな子供になってほしいなと思う」。

みて印象的だったのは、被差別部落の人たちが劣悪な居住環境を改善する為、行政に団地を作らせて入居したは良いが、元々被差別部落にあった助け合いの精神が薄くなってしまった、寂しい、という風なことを言うシーンでした。
まさに「人間の街」だった被差別部落が問題の解決に向かっていけば、今度は「人間の街」ではなくなってしまう、という皮肉。

この辺は、被差別部落の問題だけではなく、広く現代でも通じてしまう問題なのではないかと思います。


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