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かぜでだう~ん中 [それでもどっこい生きてます]

今日、埼玉はずいぶんと暑いです。何度あるんだ?

昨日から風邪で寝込んでしまい、今日もまだ調子悪いので会社をお休みしました。
結果的に5連休です。

暑すぎてとてもじゃないけど寝られないので、本読んだり、ちょろちょろblogみたり。

今は「日米交換船」を読んでます。面白い。

明日は多分大丈夫でしょう!


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「イェルサレムのアイヒマン」補足 [それでもどっこい生きてます]

「悪の陳腐さについての報告」という副題ですが、みなが「悪の権化」といっているアイヒマンが、ただの普通の男で、記憶力も弱く、言ってることは一貫性がなく、自分がナチスでいかに出世したかについては饒舌に話す、なんともしまりのない「悪の権化」である、というところからきています。

アイヒマン個人は本当に陳腐な男です。

では、そんな彼がなんでユダヤ人を大量に「最終解決」に向かう列車にのせることができたのか?
それは彼が仕事に忠実だったからです。
虐殺に忠実ではなく、あくまで国家としての仕事に忠実だった。
彼はナチスドイツという国が作った法律には、一つも違反していない。

これをどう考えるか?

彼を「大量殺人者」「悪の権化」として裁きたいイスラエルは、アイヒマンがこういった平凡な男であることを最後まで認めることが出来ません。

でも、実際、悪と呼ぶものはこんなに陳腐な男の行動に支えられていたわけです。
必ずしも一人一人は悪人でなくとも、巨大な組織で悪を行うことができる。

「運動体としての組織」「習慣化の恐ろしさ」など、色々考えることはありますが、機会があれば他のナチスの関連の本も読んでみようと思います。全然読んだことないので。


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「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」ハンナ・アーレント [それでもどっこい生きてます]

やっと読み終わりました。

先の日記にもちょろっと書きましたが、この本はイェルサレムで裁判を受けることになった、ナチス将校のアイヒマンの裁判記録を元にしたルポルタージュです。

筆者のハンナ・アーレントはユダヤ人。

ニュールンベルク裁判(国際軍事裁判)が1945~46年、このイェルサレム裁判(イスラエル法での裁判)は1961年なので15年後、ということになります。

とても簡単に感想が書ける内容じゃないので、どうまとめようかと困っていますが、本としてはあくまで「アイヒマンという被告に対する裁判として適正だったのかどうか」に焦点が当てられています。

アイヒマンをユダヤ人大虐殺の主犯格として扱おうとする検察側に対する異議、アイヒマンがアルゼンチンから拉致されイスラエルの法で裁かれることに対する異議など、基本的には裁判に対する異議が多く述べられています。

ニュールンベルク裁判や東京裁判などと共通する法律的な問題、つまり事後法で裁かれること、勝者の裁きであること、についてもふれています。

ただハンナ・アーレントは、色々な異議を唱えつつもアイヒマンが死刑になったことには異議を唱えません。ここがすごく難しい。色々と書かれているんですが、うまく説明できません。

とりあえず思うことは、彼女の問題意識はモノゴトが単純で一方的な見かたに偏ってしまうことにあるのだと思います。
「被害者」であるユダヤ人が「正義」を振りかざすことへの疑問、それを指摘できないユダヤ人社会。

もちろん、ナチスが大量の人々を殺し、それに加担した罪でアイヒマンが裁かれるのは当然だといえます。

ただ、それでも「勝者の裁きであること」をどう受け止めるか。
つまりハーグ陸戦条約によって「戦争犯罪」を規定するなら、戦勝国にも当然戦争犯罪者はいるわけで、でも国際社会はそういう人たちを裁かなかった。

ここに政治が垣間見える訳で、この問題は基本的に今も解決されていないと思います。

東京裁判との比較で読んでしまったので、ちょっと偏ってるかも知れません。

ハンナ・アーレント自身は、とても勢いのある人ですね。
ある意味思い込みが強いのでしょうし、客観的な書き方をしつつも、自分が思っていることがほとばしっています。ステキです。
ただ、それだけに、この本だけがすべてという考え方はしない方が良いでしょう。彼女もそう思っていると思います。

思い込みが強い人は好きなので、私はとても面白く読みました。

イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告

イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告

  • 作者: ハンナ アーレント
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 1994/08
  • メディア: 単行本


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【タダですよ】東京国立博物館、敬老の日 [それでもどっこい生きてます]

今日9月18日は敬老の日。
東京国立博物館に無料で入れます。

【東京国立博物館】

今の展示の目玉は、酒井抱一の「夏秋草図屏風」。(今日までの展示です)
昨日行ってみて知ったんですが、これって酒井抱一の描いた「風神雷神図屏風」の裏に描かれていたものなんですよ。へぇー。

んで、狙ってるのかなんなのか分かりませんが、その「風神雷神図屏風」の展示が【出光美術館】で行われています。(こちらは10月1日まで)

風神雷神図は、俵屋宗達(桃山?~江戸初期?)がオリジナルを作成し、宗達を慕った尾形光琳(江戸中期)によって模作が作られ、さらにそれを見た酒井抱一(幕末)も模作を作っています。
一般的に言われる「琳派」の系譜によって作り続けられたわけです。

しかも、尾形光琳と酒井抱一はこの模作を作っただけではなく、師の作品である「風神雷神図」に対する返答となる作品も残しています。

それが、尾形光琳の「紅白梅図屏風」(MOA美術館蔵)であり、今東京国立博物館に展示されている酒井抱一の「夏秋草図屏風」であるのです。(本人に聞かなきゃ分からないけど)

うー。すげー。

元々、風神雷神図や紅白梅図が好きだったこともあったのですが、尾形光琳や酒井抱一の師に対する尊敬とそれを乗り越えようとする気持ちにとても感動ですよ。

「偉い人が書いた」とか「国宝(需要文化財)だから」とかじゃなくて、会ったこともない人を師に選び、慕い、超えようとしながらも「一緒に」作品を作ろうとする。その時間軸に捕らわれない行動にとても感動するのです。


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スルー不可能性、または叫び声について [それでもどっこい生きてます]

たとえばこんな記事を見つけた場合。

【いちヘルパーの小規模な日常】さんトコの、【[障害者福祉]「みんな潰れてしまえばよい」】
元記事は、【lessorの日記】さんトコの、【おもいきり感情的に書き散らす】

もちろん何も書かないというのもアリです。

障害者福祉について、私はほとんど知識がありませんから、単に煽られる様に記事を載せるのは正しいこととはいえないかも知れません。
lessorさんも、【[近況]その後】で、いきなりアクセスが増えたことに「少し複雑な思いでは、ある」と書かれています。

もっともな感覚だと感じます。

んで、私はそこまで分かってても、こうやって記事にしてしまう人間です。
lessorさんやsugitasyunsukeさんの叫び声を聞いてしまった以上、自分にはスルーできないのです。
それは倫理感や正義感からではなく、「わたしはあなたの叫び声を聞いた」とそれだけをまずは伝えたいと思うからです。


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冥王星が惑星じゃなくなりましたが [それでもどっこい生きてます]

古い話題で恐縮です。(思い出し書き込みです!)

冥王星が惑星じゃなくなりました。
その時思ったのは、「このニュースを聞いた小学生はどう思ったのだろう」ということでした。

だって、今まで惑星は「水金地火木土天海冥」だって大人は言ってきた訳です。
でも、いきなり「冥王星は惑星じゃなくなったから」と聞かされる。

子供によっては、「なんじゃそりゃーーー!」ってなるんじゃないかなぁ。

その後の反応は、子供によってそれぞれでしょうが、自分が子供ならすごくびっくりしたと思うのです。
今でさえ、恐竜絶滅の理由について、ちょいちょい本を読んで、「なんだそりゃ!小さいときに習ったことと違うよ!」と思ったぐらいだし。

あ、今、自分がアホなだけじゃないか、と思ってしまった。

寝ます。

明日から三連休!


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読み終わらん [それでもどっこい生きてます]

「イェルサレムのアイヒマン」、まだ読み終わりません。いまんとこ半分ぐらいまで進んでます。

タイトルから想像できるかも知れませんが、元ナチスのアイヒマンが、戦後少したった後にイスラエルで裁判を受けた時のドキュメント(?)です。

ナチスが悪でユダヤ人は被害者だという点で、まったくもってその通りであるとしつつも、でも、そんなに一方的な見かただけではすまない、人間の業みたいなものを、ユダヤ人の責任という方向からあぶりだそうとします。
ハンナ・アーレント、キツイです。厳しいです。

日本の戦争の状況も想像しながら読んでるんですが、考えること、想像することが多すぎて、頭バクハツしそうです。


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間違う日々 [それでもどっこい生きてます]

昨日の日記、「アンナ・ハーレント」じゃなくて、「ハンナ・アーレント」でした。むむむ。
以前は、「ドストエフスキー」を、「ドフトエフスキー」と覚えてたし、カタカナ名前はニガテです。

んー、だから、SF小説読めないのかなぁ。


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ひさびさに博物館へ [それでもどっこい生きてます]

暑い中、先月末常設展の模様替えがあった東京国立博物館へ行きました。

展示を見るのもそこそこにして、いつものソファーで読書&昼寝。いいわ~。ずっといたい~。
これだけで年間パスポートを買う意味があります。本当に。

アンナ・ハーレントの「イェルサレムのアイヒマン」を読んでるんですが、これが二段組みで読みづらい。しかも、元の文章のせいなのか翻訳のせいなのか、文章も読みづらい。

内容は興味深いので、もっとさくさく読めれば楽しいのにと残念な気持ちです。


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「差別への凝視―365日が3回」大菅新 [それでもどっこい生きてます]

中学教師の学年便りをまとめたものです。3年分ですね。

筆者はしごく誠実でマジメな方だと思います。それは読んでいて良く分かるのですが、正直いって全然心に響きませんでした。

3年分発行した学年便りから人権問題をだけ抜き出したせいもあるのかも知れませんが、とにかくキレイで正しいことを「~しなければなりませんね」とか、「~についてみんな本当に考えているでしょうか?」とか、「~さんの感想は悲しいかなこういうものでした。みなさんどう考えますか?」とか、一つの答えに向かうように強制しているとしか読めなかったのです。

繰り返しますが、筆者はとても誠実でマジメなことは疑いようもありません。
実際に被害があった場所に出向き、そのことを生徒に語る。人として突っ込みようもありません。

でも、わたしにはこの本で筆者が書いていることは、高いところからの「正しさ」の押し付けにしか感じられませんでした。
事実だけを述べるだけで良いのではないか、なぜ「生き方」にまで踏み込んでくるのか。

その「生き方」が正しいとしても、それを押し付けてくる時点で「正しさ」は何か他のものに変わっていると考えないのか、とても疑問です。

ちなみに、まえがきにあげられているテーマ一覧は以下。

「同和問題」
「障害者問題」
「在日韓国朝鮮人に関する人権問題」
「在日外国人の人権について」
「女性問題」
「水俣病問題」
「ハンセン病問題」
「アイヌ民族に関する人権問題」
「広島、長崎への原爆投下について」
「沖縄戦」
「いじめの問題」
「戦争における犯罪について」
「学校間格差」
「オーストラリア先住民アボリジニーについて」
「中国人強制連行」
「日本と朝鮮の歴史」
「カースト制について」
「言葉の暴力」
「人間のうちに潜む差別意識」
「第五福竜丸事件」
「ホームレスの問題」
「HIV感染症問題」
「環境破壊(公害)問題」
「沖縄の土地闘争」
「黒人問題」
「人のために(犠牲とは?)」

筆者がこの文章をみたら、とても気分が悪くなることでしょう。
でも、こういう形での教育はもう限界なのだと思うのです。

あくまでも次の世の中を選ぶのは子供達です。

大人たちが「こういう世界が僕はベストだよ思うよ」とさりげなく言うのはかまいませんが、大人たちが望むような思考をしない子供を排除しようとするのは、はっきり間違っています。

大人たちが間違い続けている様に、子供達もまた間違い続けることでしょう。

でも、もっと子供達を信頼してあげてください。
先回りして、モノゴトを整理するのをやめてください。
大人たちが先回りすればするほど、子供達は従うしかなくなり、自分で何かをしようなんて思わなくなってしまうのです。
大人たちがそんなことを続けてはダメだと強く思うのです。

差別への凝視―365日が3回

差別への凝視―365日が3回

  • 作者: 大菅 新
  • 出版社/メーカー: 文芸社
  • 発売日: 2006/04
  • メディア: 単行本


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