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「戦争で死ぬ、ということ」島本慈子 [それでもどっこい生きてます]

以前、【敗戦後論】の感想を書いたときに、戦争の悲惨さを元にした平和運動の限界について、ちょっと触れました。

「なんで戦争体験を聞くことに拒否感があるんだろう」と考えてみて、一つ思うのは、それを「上から押し付けられた話」の一つとして受け取ってしまい、素直に聞くことが出来ないことがあると思います。「早く学校に行きなさい」とか、「今勉強しておくと将来楽」とか、そういう話と一緒なんです。
なんで学校に行かなければ行けないのか、なんで勉強しなければいけないのか、大人は明確に説明してくれませんでした。

ただ、そうしろといわれ、それに従うだけ。

戦争体験にしても同じで、「戦争は悲惨だから二度としてはいけない」という言葉に重みを感じられないのです。なんで悲惨だけを語るのか、戦争体験者の人は明確に説明してくれません。
悲惨だけを語るのはどこかウソっぽいのです。だって日本国が戦争で人をたくさん殺したことも同じぐらい重要なのに、それは語られない。

戦争体験を素直に聞けないというのは、自分でもひどい話だと思っていますが、とりあえず現状は悲しいかなそういう状態です。

この本は、戦争で死ぬこと、敵とか味方関わらず、人を殺す人に殺される、という点である程度バランスが取れていました。戦争体験の本としては良い本だと思います。

もう一つ。

まだ良く練れてないのですが、たとえば今の競争を勝ち抜いていくことが正しいとされる世の中、経済的な価値が追求され、国益も国際競争力というひとことで推進される世の中。

そういう世の中が容認されていて、なんで戦争が否定されるのか、私には良く分かりません。

それは、戦争も容認しろという話ではもちろんなくて、競争社会は未来の人からみれば大変ひどいことをやってるといわれる様なものじゃないのか?ということです。

戦争だって今は「最悪だ」と分かっているからやりたくないとはっきりいえるけど、当時は「必要なもの」だったから行われていた面があったわけで、競争社会も未来の視点からみれば、今の戦争を見る視点と同じようなものだったとしても、全然不思議じゃないと思うわけです。

で、日本だってこのまま行けば、「国際競争力をつける為に武器を作ろう」とか、「競争社会で生き残る為には戦争もやむをえない」とか、コロっとなって、なんだそりゃ、ってことになる気がするのです。

結局、「平和」というのは、競争原理の上には成り立たないんじゃないのか、そんなことを思うのです。

戦争で死ぬ、ということ

戦争で死ぬ、ということ

  • 作者: 島本 慈子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/07
  • メディア: 新書


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コメント 2

山さん

続けてコメント申し訳ないです。
こちらも非常に納得です。本当にすごいっす、ひげたまさんの感性が。

確かに昔は、戦争も外交の一手段だったわけなんですよね。
そして、現在は、少なくとも堂々と『戦争は必要だ!』なんて大声じゃいえないわけです。(どっかで誰かがしゃべってた気がするけど…。)

たまに答えてくれない人もいましたが、私のブログに来て意見をいっていく人も、戦争は皆してはいけないもんだとわかっている。
平和がいいとも思っている。

…しかし、どうなくせばいいかわからない。
そんなところに一つの答えを明確に出してくれた感じがしています。

「競争原理の上には平和は成り立たない」

私もこれ、使ってもいいですか?

そして付け足してもいいですか?
「今の競争を無くそう」
絶対的にではなく、もっと穏やかな、そんな競争にしよう。って…。
by 山さん (2006-09-03 14:56) 

ひげたま

基本的にネットに乗っているものはフリーだと思いますので許可は要りませんです。お好きなようにどうぞー。

ただ、個人的には「競争原理の上には平和は成り立たない」という一言で誰かを説得できるとは思えていませんし、さらにいえば基本的にそういう「簡単にパッケージされた言葉」が意味を持つ世の中は危険だと思います。

だから、だらだらとこんなblogを書くハメに陥るわけですよ。ぎゃふん。(笑)
by ひげたま (2006-09-03 16:14) 

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