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確定申告作業で出鼻をくじかれた [それでもどっこい生きてます]

出鼻をくじかれるって面白い表現だなぁと思いました。

・・・というわけで、3月16日締め切りである確定申告の作業をしようと思ったら、専門学校からの源泉徴収票が見つからず、いきなり撃沈しました。
そういう書類は必ず同じ場所にしまっておく様にしてるのに、なんでないのだぁ!

・・・というわけで、散歩でもしてきます!

他の書類はある(ハズ)なので、帰ってきたらやれるとこまでやろうとは思う、今の自分でありました。

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ひさびさにいけくふろうの会へ [それでもどっこい生きてます]

ひさびさに行って来ました。いけふくろうの会。

【公式:いけふくろうブログ】

一年以上行っていなかったと思うのですが、あまり人も変わらず、飲むのも変わらず、なんかいつもどおりでした。なんか不思議。

会を初めて今年の2月で5年目ということで、これからもぼちぼち続くのでしょうね。

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近況 [それでもどっこい生きてます]

ずっと書きたかった「その後の不自由」の記事がかけて今は満足しております。

プログラムの仕事の方は普通に困ったり、普通にうまく行かなかったりはしていますが、去年に比べると安定して取り組めている感じ。周りの人に相談したり頼ったりできてるおかげだと思います。

あとは、簡単なハイキングをしたり温泉につかったり、ブルーハーツの30周年記念のCDを買ったり、鎌倉まで牡丹を見に行ったり、寝たり起きたり食べたりと、まぁ割合平凡に過ごしています。

本を読む量が増えてきたので嬉しいです。お金は飛びますが!

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『その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち』とフォーカシング、あとアサーション [それでもどっこい生きてます]

『その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち』という本があります。

【ひげたま書棚】で記録を見ると、2012年の3月に読了しているのですが、その後3年ほどの間に何回も読みなおすほど、自分にとっては大切な本となっています。

自分の抱えるわからない何か、辛さや苦しさや寂しさを伴う何かが、この本に出てくる話と似た感じがするからだと思います。

自分が感じていることを感じにくい。

ちょっとなぞなぞみたいですが、たぶんそんな感じが自分にはあるのだと、この本を読んでいると思います。

この本を読む前は「自分の感じていることを表現できていない」と思っていて、アサーションの本を読んだりしていたのですが、今一歩ピンと来ない。書いてあることは理解できるし、確かに自分にはアサーションみたいな観点は必要だとは思うんだけど、何かが違う。

それは実は表現する以前に、そもそも「自分が何を感じているかわかっていない」ことから来るのではないか?というのが、今の私の暫定的な結論です。
そもそも分かっていないのですから、この結論が正しいのかも分からないのですが、この本を読んでいると、まずはその仮定で自分を調整していくのはそこまで悪いスジではない気がしています。

わからなくなってる感じがしたら、またこの本を読む。

この本でいう「人に対する信頼感を砂のようにためていく」感じ、「回復とは回復し続けることである」という感じを、自分に当てはめていく感じです。

★ ★ ★

割りと生き方をこじらせているので、最近流行りのアドラー心理学の本を読んでみたり、パーソナリティ障害の本を読んで自分を当てはめてみたり、マインドフルネスの本を読んで瞑想を試してみたり・・・と色々やってきたのですが、「その後の不自由」のどこかにちらっと書いてあった(ハズ)、フォーカシングを最近試しています。

何冊か読んだ中で、私の中で一番納得感が高かったのは、実践者の方の翻訳本でした
すべてあるがままに―フォーカシング・ライフを生きる
アン・ワイザー コーネル, バーバラ マクギャバン
コスモスライブラリー ( 2007-09 )
ISBN: 9784434110696

↑この本がよかったのは、筆者達自身が自分の抱える課題にフォーカシングという技法を使って取り組み続けている記録という面でしょうか。だからひとごとじゃないし、単純なテクニックの紹介にはなっていないのですよね。
ただ、ちょっと厚いので文章を読むのが苦手な人はキツイかも知れません。そういう方は↓をオススメします。

↑私には上の本ほどの納得感はなかったですが、薄くて読みやすかったフォーカシングの本はこれ。
手始めの一冊ならこの本がいいと思います。

★ ★ ★

上に取り上げた本にも書いてありますが、本当はフォーカシングはパートナーとやると良いっぽいのですが、自分は他人と一緒にいると構えてしまったり、気を使ったりしてしまうので、今のところ一人で出来る範囲でやってみています。
アサーションもフォーカシングもその他の何かでも、自分なりに必要な部分、やれそうな部分を無理せず続けてみる。他人に言われたことをそのまま鵜呑みにするのではなく、間違ってもいいから自分の感覚で選んでいく。ゆっくりでも続けられそうな方法を模索する。そんな感じで取り組んでいます。

★ ★ ★

アサーションはしっくりこなかった、と書きましたが、アサーションの本を何冊か読んだことで、自分の課題の輪郭が見えやすくなったと感じています。

特に以下の二冊はオススメ。
こじれない人間関係のレッスン―7daysアサーティブネス
八巻 香織
太郎次郎社エディタス ( 2006-09 )
ISBN: 9784811807218

↑カワイイイラストもさることながら、本の構成がとてもよく出来ていて読みやすい本です。あと薄いのもいいところ。分厚くて文字ばかりの本だと読み切る前に挫折することも多いので。
未だにこの本に出てくる「色々なクロちゃん」は、自分の感覚を探る時に役立っています。

↑平木典子さんは、アサーションの本をいくつか書かれていますが、どれも平易な文章で読みやすいと思います。立ち読みして自分にあう本を選ぶといいかも。

★ ★ ★

参考リンク:
【公式サイト:全国ダルク】から引用:
ダルク(DARC)とは、ドラッグ(DRUG=薬物)のD、アディクション(ADDICTION=嗜癖、病的依存)のA、リハビリテーション(Rihabilitation=回復)のR、センター(CENTER=施設、建物)のCを組み合わせた造語で、覚醒剤、有機溶剤(シンナー等)、市販薬、その他の薬物から解放されるためのプログラムを持つ民間の薬物依存症リハビリ施設です。

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『消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』『復路の哲学ーーされど、語るに足る人生』平川克美 [それでもどっこい生きてます]




平川さんの本を読むといつも感じるのは、少しの共感と少しの違和感です。
いや、共感というよりは、憧れ、うらやましさ、みたいなものでしょうか。
自分が持っていない、でも欲しかったものを本から感じて、共感とともに違和感を感じてしまう。

平川さんの本を読み始めたのは、たぶん内田樹さんとの共著である『東京ファイティングキッズ』からだと思うのですが、その感じは最初からずっと付きまとっていて、平川さんの本を見つけても読むのを避けたり、そう思えば今回みたいに2冊買って読んだり、ふらふらふらふらしています。

でも平川さんの本、好きなんですよ。多分ほとんど読んでると思います。
たぶん知りたいんだと思うんです。その自分が感じている感じがなんなのかを。

★ ★ ★

今回、平川さんの本を買ったのは池袋のジュンク堂でたまたま目にしたからなんですが、前振りがちょっとあって、それが↓この本です。

今回買った平川さんの本の内1冊は「ミシマ社」という出版社から出ていて、「ミシマ社」の社長さんが書いた本がこの本です。

私にとって「ミシマ社」とは益田ミリさんの本を出版している会社で、本に挟まっている「ミシマ社新聞」の手作り感がとても好きでよく覚えてたんですよ。

益田ミリさんと平川克美さん、それを私につないでくれたのがミシマ社ということになります。

この『失われた感覚を求めて 地方で出版社をするということ』は、今の自分にはとても合っていた本だと感じています。

それは、今後もゲームプログラマーとしてやっていく上で、そして生きていく上では、自分の感覚を失わないことが一番大切なんじゃないか、という感じがあって、自分のその感じをこの本で三島さんなりの視点から説明している気がしたからです。

『消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』も、そういう「自分の感覚を信じる」という視点でみると似た感じの本とも言えると思います。

当然、私が今欲しい解釈をその本から読み取っているだけかも知れませんが、それでいい気がします。

自分にないもの、外にあるものを「こじつけて」自分が使えるようにする。

消化できなくても、分からなくても、好きだったり信頼できる感じがするものを、自分にくっつけてみる。

そういうものの方が、頭で分かったつもりになったり、よくわからないまま人から進められたものを無理やり使おうとするより、意外とうまく使える気がするのです。

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ログインに手間取る。フリーターズフリー3号 [それでもどっこい生きてます]

久々に記事を書こうとしたらパスワードが通らず四苦八苦。
ミスしすぎて1日パスワードロックされ更新があやぶまれましたが、改めて試してみてUserIDのミスに気づきました。思い込みって怖い。
さて久々に更新しようと思ったのは↓が届いたから。
image.jpg
フリーターズフリー公式ブログ:

もしかしたら知る人ぞ知る、という感じなのかもしれませんが、私にとってはこうやってわざわざ記事を更新するぐらい思い入れのある雑誌です。

最初に巻頭の共同討議を読み、次にあとがき、2つのインタビュー記事、そして生田武志さんの記事を読んだところです。半分ほどですかね。

…とにかく、なんというか、いい言葉が浮かびませんが、自分がフリーターズフリーの1号を読んだ頃を思い出していました。

それは池袋の「てのはし」でボランティアをしていたり、このブログをマメに更新していたり、沢山本を読んでいたころ。

そして、仕事の続け方、生きていき方に悩んでいたころ。

フリーターズフリー3号を読んでいるとそんなあの頃にタイムスリップした感じがします。

あのころからの課題は決定的にはなんら変わっていないと頭では考えられるのに、なにかが決定的に変わってしまったと感じられる感じ。

フリーターズフリー3号は消費できない雑誌だと思います。
いや、考えてみるとフリーターズフリーという活動自体が消費できないのかも知れません。

思い込みが過ぎるでしょうか?

演出家の鴻上尚史さんが自分の劇団についてこういう言い方をしています。

「第三舞台は変わらない。そして、変わり続ける」

正直、鴻上さんがどういう意図でこの言葉を言っていたのかよくわかりません。
でもフリーターズフリーのことと合わせて自分のことを考えるとふとこの言葉が思い浮かんでくるのです。


会食恐怖症を(ほぼ)克服したこと [それでもどっこい生きてます]

外で出される食事がほとんど食べられない子供でした。

特にお弁当が苦手で、子供の頃はまったくと言っていいほどお弁当が食べられず、遠足やその他行事で出されると、周りの友達はおいしそうに食べるのに、自分は食べられなくて、いつも辛い思いをしてました。
お弁当だけじゃなく、たとえば修学旅行などで出される旅館の食事とかもほとんど食べられませんでした。おかなが空いてても。

そういえば、一番最初の会社に新入社員として入社する際、役員の方とご飯を食べる機会がありましたが、その時もほとんど食べられず、「おなかの調子が悪いので」などと言っていたのを、今思い出しました。

そんなこんながあり、それを自分はずっと好き嫌いのせいだと思っていて、「大人になってもこんなに好き嫌いがあってはいけない!一緒に食べる相手に失礼だ!」と思い、実は、東京に出てきて一人ぐらしを始めた際、「お弁当を買って食べるトレーニング」をしていました。今思うととてもけなげですが、当時は必死でした。社会人として認められ一人で生きていくのに必要だと思っていたのです。

どれぐらいそんなことを続けていたのかよく覚えていませんが、努力のおかげで、お弁当が食べられるようになり、(嫌いだった)漬け物も食べられる様になり、みんなとご飯を食べにいっても、まったく何も食べられない、ということは減っていきました。
それどころか、今や「嫌いなものはほとんどありません」と言えるほどになったのです。(今でも食べられないのは「ほや」です。ここ試験に出ます)

・・・と、ここまでは食わず嫌いの克服、みたいな話です。

ただ、食わず嫌いがなおっても、何かよくわからないきっかけで食事ができなくなることがありました。
みんなでご飯を食べにいき、注文をし、食事が出てきたら、急に食べられなくなるのです。

これには困りました。

メニューを選んでる時に予測がつく時もあって、そういう時は麺類などの噛まないでよくて量が少ないものにして乗り切ったりしてましたが、予測がつかなかった時はどうしようもありません。

気持ちが落ち着くのを待つしかないのですが、焦るとうまく行かないので、トイレに行ったり、どうしてもダメな時は、「ちょっと気持ち悪くなって。。。」と言って食べなかったりしていました。

そういう時の自分に何が起こっているかというと、「食べられなかったらどうしょう」という不安と、「食べないと怒られる」という恐怖心みたいなものです。これがなかなか強烈なんですよね。

そんな感じで困っていたのですが、ある時、その恐怖を乗り切る方法を開発したのです。

その方法とは、「今は給食の時間じゃない。今は給食の時間じゃない。今は給食の時間じゃない」と心の中で言い続けることです。

私にとっては「給食の時間」は「嫌いなものでも食べないと怒られる時間」で、さすがに無理矢理口に入れられる様なことはなかったですが、それでもよく先生に怒られていました。

そのときの記憶が強く残っていて、人と食事をする際にちょっとでも苦手なものが出てきたりすると思い出しちゃうんだろうな、と自分なりに考えて、「今は給食の時間じゃない」というおまじないを開発した訳です。

このおまじないを開発してからは、そういう状態になってもまったく食べられないということはなくなったので、他の人から見たら、私がたまにそんな恐怖心と戦ってるとは想像もできないと思います。

それに最近ではそういう状態になること自体ほとんどなくて、自分でも忘れてるぐらいなんですが、それでも2〜3年に一度ぐらいはあります。つい最近も1度ありました。

いまさら、なんでこうやって書いてるかというと、こういう不安や恐怖心をやり過ごしたりした経験って、自分でも忘れちゃうんですよね。そんなことすら無かった様に思う訳です。
それはそれで健全だし、むしろ忘れちゃった方がいいとも思うのですが、また別種の不安や恐怖心に遭遇した際の為に「昔も似たようなことがあったけど、なんとかしてきたよ」と、自分に向けて残しておきたい気持ちになったのです。

新しい不安や恐怖に押しつぶされそうになった時、ふとこのブログの記事を読んで、「ああ、忘れてたけど、そんなことがあったな。じゃあ今度もなんとかなるか」と思って欲しいのです。

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確定申告、やりきった(がくっ) [それでもどっこい生きてます]

なんとかやりきりました。。。つかれた。。。

今回、あると思ってた書類がなくて超あせりました。
泣きながら調べてみると必須じゃないみたいなのでことなきを得ましたが。

ゲーム開発でも「あとこの実装すればいいだけだから〜」なんて思って余裕かましてると、いざ完成までもっていこうとした時に意外なデータが足りなかったり、新しくプログラムしなきゃいけない処理があったりして焦ったりします。

想像で出来たつもりは大変危険、というお話でした。

リリースまでゲーム開発です!
(最近だとリリース後の運営もあるから、無限を感じますが。。。がくっ。。。)

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少しかまってもらえた [それでもどっこい生きてます]

作業の調整をリードの人がやってくれた。
いままで相談しても反応悪かったのは、なんだったんだろう。お互いに慣れが必要なだけなのかな。

新しい場、新しい人間関係で物事を進めなければいけない時に、44歳なりの経験でこなせることも多くありつつも、当然新しい要素は常にあって、自分の思い通りには行かない。

しかも44歳なりの積み重なった経験が邪魔をして、相手をそのまま見られないということも起こっている気がする。

・・・ま、とにかく、少し楽にはなりました。よいことです。

なんでも自分のペースで進めようとせず、かつ相手のペースに巻き込まれすぎない様に、していければ、いいなぁ。

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かまって欲しい気持ち [それでもどっこい生きてます]

愚痴です!

新しい場になじむのがいつも大変です。

今まで3つの会社に勤め、フリーになってからはいくつかの現場に行っているのですが、いつも新しい場所は疲れます。

今の現場は行き始めて約2週間なのですが、やっと一部の人にはあまり気を使わず質問したり話しかけたりできるようになってきました。やれやれ、です。

相手がどんな人かわからないと不安なので、なるべく話をしてどんな人なのか知りたいと思うし、ぶっちゃけかまって欲しい気持ちも強いので、ほっとかれると辛いんですよね。あやうく寂しさをこじらせてしまいそうになります。
まぁ、現場っていつも忙しいもんだからしょうがないんですけどね。。。

だから愚痴です。

ひげたま44歳、こんなもんです。ままならん!

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