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【書評:沢村さん家の久しぶりの旅行 益田 ミリ】 [いま、ここ]

益田ミリの「すーちゃん」シリーズ。

映画化されたタイミングでいきなり終わってしまった感じがしていました。

今改めて調べてみたら、映画が2012年10月20日公開、「すーちゃん」シリーズの4巻目であり最終巻の「すーちゃんの恋」の発売が2012年11月9日なので、二週間ぐらいの内にバタバタとすーちゃんは表舞台から居なくなってしまったのです。
すーちゃんの恋
益田 ミリ
幻冬舎 ( 2012-11-09 )
ISBN: 9784344022737

映画は観ていません。

「すーちゃん」の魅力を時間の限りのある1本の映画に収められる気がしないし、評判もあまり聞こえてこなかったので、あえて観ませんでした。なので、実際のところどんな作品なのかは分かりません。

とつぜん自分の前から消えてしまった、すーちゃん。

そんなすーちゃんのお話のその後「かもしれない」エピソードが、新刊の「沢村さん家の久しぶりの旅行」に、本当にちょとだけ登場します。
沢村さん家の久しぶりの旅行
益田 ミリ
文藝春秋 ( 2017-06-28 )
ISBN: 9784163906768

はっきりとは語られないので、自分の推測でしかないのですが、それでもすーちゃんやその周りの人達を思い出して、懐かしい感じ、元気にしてるかなぁ、という感じを強く持ちました。

人は出会って、いつか必ず別れます。

それはしょうがないことです。

でも、ふとしたきっかけで、ちょっとだけ思いを馳せることもある。

とてもステキなプレゼントをもらった気分でした。益田ミリさん、ありがとう。

教会に通ってみるという経験とクリスチャンというマイノリティ [いま、ここ]

4月から【上馬キリスト教会】という教会の日曜礼拝に通っています。

元々、三浦綾子や遠藤周作の作品が好きだったりして、キリスト教自体には興味があって、20代のころ、教会に行ってみようと、自宅近くの教会の周りをうろうろしたことはあったんです。

でも入れなかった。

何が行われているのか分からないし、自分が入っていいかも分からない。(誰でもどうぞとは書いてあったとは思います)

もともと集団や組織が苦手なこともあり、結局、教会に自分からいくことはありませんでした。

今回、どうやってその壁を超えたのか?

twitterなんです。

上馬キリスト教会はtwitterアカウント【上馬キリスト教会 @kamiumach】を持っていて、そのツイートがゆるくて面白かったので、ここなら行っても大丈夫かな?と思ったんですよね。

自宅から自転車で行ける距離だった、ということもあります。

行ってみて合わなかったら一回でやめようとも思っていました。

でも、結果として、一回、北海道に行った時に休んだだけで、それ以外は毎週通っています。

昔、鴻上尚史が「とりあえずまだ宗教には頼らずにやっていこうと思ってる」的なことをどっかで書いていたことがあって、それにはなんとなくの共感も感じ、自分も宗教に頼るか頼らないか、みたいな考え方をしていた面がありました。

宗教に頼る、っていう表現も手伝ったのか、教会に行くこと自体が自分を捨てることの様に感じていたんだと思います。努力の放棄というか、自己の否定というか、考える事をやめるというか、そういう感じです。

でも、行ってみたいと思ってるなら行ってみればいい、と思い直したんです。

誰の為でもなく、自分が行ってみたいと思ってるんだから、行けばいい。

あと、今なら行ける、受け止められる、変な場所だったら拒否できる、という自分に対する信頼感がありましたし、今行かないとしたら一生行くことはないだろうな、とも思いました。

結果、twitterのゆるさに支えられ行ってみた教会は、なんというか拍子抜けするほど楽な教会でした。

変な勧誘もなく、押し付けがましさもなく、堅苦しくもなく、身内だけで固まってる感じもない。

自分自身も、変に周りに同調するでもなく、拒否するでもなく、うまいぐあいに適切な距離を保つことができました。

これは私にはなかなかできないことなので、ほっとしました。

★ ★ ★

教会に通ってみて、色々感じてること、思っていることがあります。

自分の内面とかそういうところは別にして、一つだけ社会的な視点で強く思ったのは、日本においてクリスチャンはマイノリティだということです。

数字にすれば明らかなのに、今までそのことに意識がいくことがありませんでした。

なんというか不思議だし、おかしな感じがしましたが、それが日本の宗教的に自分がマジョリティの位置にいた、ということの証明の様に思っています。

無自覚にマジョリティの位置にいるときは、マイノリティのことは見えないし分からない。

そんなことを改めて思わされました。

今回、この記事を書く事自体にためらいというか、恐れみたいなものがあったんですが、こうやって書くまでは、宗教の話題はしづらいからだと思っていたんですが、それだけではなくてマイノリティであることがより強く働いている感じがします。

クリスチャンで有名な方はいますし(この前引退した将棋の加藤一二三さんとか)、カミングアウトができる人もいる。

でも、日本の多くのクリスチャン(私はまだクリスチャンではありませんが)は、宗教的なマイノリティであるがゆえに、積極的に自分がクリスチャンであることは言っていないし、言いにくいんじゃないかと思います。

宗教のことと考えると分からない感じがしても、マイノリティという視点でみれば見えてくるものもあるんだな、そんな風なことを思っています。

【書評:名前のない生きづらさ 野田彩花・山下耕平】 [いま、ここ]

書きづらい。

いや、書評を書きづらいのはいつもなんですが、この本はなおさら書きづらい。
名前のない生きづらさ (シリーズ それぞれの居場所1)
野田彩花, 山下耕平
子どもの風出版会 ( 2017-03-15 )
ISBN: 9784909013019

大阪を拠点とする【NPO法人フォロ】がやっている居場所活動である、【なるにわ】に参加している野田彩花さんの新聞連載をまとめたものをコアにして、日本における、不登校、ニート、ひきこもりなどの言葉の発生の経緯を参照軸にしながら、社会から名付けられることや、眼差されることについて、生身の自分であることと、社会的な存在である自分であることを、両方手放さずに、どこまで何が言えるのか、そんなことにチャレンジしているように感じました。

気になる方には読んでみてほしいです。

そういえば、以前、【ひげたまブログ 2007/11/13 「身体の社会学のブレークスルー―差異の政治から普遍性の政治へ」後藤 吉彦】という記事を書いたのですが、この本に書いてあることと少しだけ近いかも知れないです。

★ ★ ★

山下耕平さんの本は、2012年にもう一冊読んでます。

その時の自分のコメントが「私もなんとか生き抜きたいもんです」なんですが、とりあえず5年は生き延びました。

その当時から、本質的な生きづらさは変わってない気がしますが、それでもなんとか生きてます。わはは。

【映画評:グッド・ウィル・ハンティング】 [いま、ここ]

【公式:午前十時の映画祭】で、グッド・ウィル・ハンティングをやってたので観てきました。



ロビン・ウィリアムズはとても好きな俳優で、たしか劇場で「いまを生きる」を観たのが最初だったハズ。

調べてみたら1990年3月17日公開なんで、札幌の専門学校を卒業して、東京に出てこようとしているタイミングですね。
たしか札幌で観たんだと思いますが、すごく勇気づけられた記憶があります。

そんな大好きなロビン・ウィリアムズが出て来る、グッド・ウィル・ハンティング。
なんとなく話は知ってましたが、初見です。

いやぁ、よかったです。

主人公のウィル・ハンティング(マット・デイモン)と、カウンセラーのショーン・マグワイア(ロビン・ウィリアムズ)が、最初に会うシーン。
ウィルがショーンを絵のことで挑発して、ショーンがその挑発に強く傷つき、「殺すぞ」とウィルの首を締めるシーンが圧巻でした。

その前までの他のカウンセラー達は、そういうウィルの挑発を単に拒絶し、立場で対応してしまうのに対し、ショーンは自分がカウンセラーであることよりも、一人の人間であることを全面に押し出して、ウィルに「殺すぞ」と迫る。
ショーンにとって、一番触れてほしくない、今も乗り越えられていない傷に触れられたから、ということはあるにしても、元々人間臭く、立場によらない行動をする人なんだと思います。

その後、色々と衝突をすることで(お互い、相手の痛いところを、遠慮なく突っ込んでいくんですよね)、二人ともなんとか自分を受け入れるスタートにたって、そして他人のことも受け入れられるようになっていく。ウィルの成長とショーンの成長が同時に起こるところが、とても好きですね。
自分が変わらない前提で相手を変えようとするなんてことは暴力ですから。

いや、良い作品でした。

蝉の声 [いま、ここ]

さっき、蝉の声を耳にしました。

引っ越してから初めての夏なので、この家で聞く初めての蝉の声です。

いよいよ夏ですね〜。

今年はどんな夏になるか、わくわくしてきました。

【映画評:ありがとう、トニ・エルドマン】 [いま、ここ]

あまり前知識もなく観たんですが、あるシーンで号泣したので、ここで取り上げる次第。

【公式:ありがとう、トニ・エルドマン】



最近、涙腺がゆるいせいもあるんですが、それでも、ここまで号泣するのは、もしかしたら、去年末に観た「この世界の片隅で」以来かも。

親子のぎこちない関係をそのまま映像のリズムにしながら、基本コメディタッチで、笑える、というか、少しシュールに感じる展開が続くんですが、まぁ、気持ちよくやられました。

ありきたりな甘い感じの展開がない点も好きですね。

★ ★ ★

そういえば、今年は映画観まくってるな、と、数えてみました。

1月、5本。
【予告編:一会】
【予告編:沈黙】
【予告編:シーモアさんと、大人のための人生入門】
【予告編:怒り】
【予告編:湯を沸かすほどの熱い愛】
2月、2本。
【予告編:永い言い訳】
【予告編:島々清しゃ】
3月、2本。
【予告編:たかが世界の終わり】
【予告編:未来よ こんにちは】
4月、4本。
【予告編:ムーンライト】
【予告編:ケンとカズ】
【予告編:ダンスの時間】
【予告編:コクソン】
5月、3本。
【予告編:わたしは、ダニエル・ブレイク】
【予告編:百日告別】
【予告編:≒草間彌生 わたし大好き】
6月、4本。(1本重複)
【予告編:アシュラ】
【予告編:人魚姫】
【予告編:ドラゴン×マッハ!】
【予告編:一会】(2度目。中島みゆき好きなんです)
7月、今のところ4本。
【予告編:ローガン】
【予告編:ガーデンアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス】
【予告編:光】
【予告編:ありがとう、トニ・エルドマン】

合計23本。

去年は多分5、6本なんで、自分にとってはかなりのハイペースです。

一年に劇場で観た映画の本数としては、すでに人生最高の本数ですが、なんというか、映画、面白いです。

実は、映画というジャンルそのものを面白いって、あまり思っていなかったというか、好きな作品や良い作品はあっても、それを「映画」の面白さとは思ってなかった気がします。つまり自分は映画ファンではなかったんじゃないかと。

でも、これだけ色々な映画を劇場でみていたら、なんか素直に「映画ってすげーな」って思ってきたんです。

もしかしたら、【シネスイッチ銀座】や、【下高井戸シネマ】【ジャック&ベティ】などの、映画ファンが出向くような映画館(?)で観ている作品が多い、というのも、そう思った要素の一つかもしれません。

なんか、雰囲気があるんですよね。劇場にも観客にも。

それは愛ってやつかもしれません。

今年は、まだまだ観ると思いますんで、年末、自分がどう思ってるか、楽しみでもあります。

わかっちゃいるけど やめられない [いま、ここ]

2006年の5月にこんな記事を書きました。

【ひげたまブログ 2006/5/14 思惑の押し付け、もしくは自他の距離感について(脳みそ補足)】

この記事のことはよく覚えていて、「自己分析としては当たってる気がするな〜」と折につけぼんやりと思い出してたんですが、最近、 魂の脱植民地化シリーズを何冊か読んでいく中で、さらに「当たってる・・・」感が強くなりまして。

でも、分析できれば自由になれる、とは簡単に行かないところがあるよなー、と、10年以上経った今の自分を振り返ると思うわけです。

自分なりに、一人旅に行ってみたり、フリーランスという立場に自分を移してみたり、また会社員に戻ったり、また辞めたり、住む場所を変えてみたり、即興ダンスを始めたり、本を読んでみたりしてますが、なかなか手ごわいです。

わかっちゃいるけど やめられない

でも、それを受け入れて、なんとかしていくしかないんですよね。

この記事は、

を読んで触発されたものです。植木等って浄土真宗の僧侶でもあったんですね。

「他力本願」って言葉は今はあまり良い意味に取られないと思いますが、他力という言葉の表面的な理解ではない、宗教的なあり方について考えることができる本だと思います。

親鸞は好きでいくつか本を読んでいるのですが、他力に絞って、仏陀から植木等までを通してみる視点は新しく感じました。

ただ、ちょっと言葉が難しく集中力が必要になる本です。集中できる環境で一気に読むのがオススメ。

「わかっちゃいるけど やめられない」として、「自力でやっていく」と「他力本願を信じる」を、思惑で都合よく混ぜずに、明確に線を引きながら、自分の中に統合していく。

言葉でまとめると抽象的な表現になってしまいますが、そんなことを、ままならない生身の自分の体で引き受けて生きていくのかな、と思ったりしています。

・・・と、なんか思いの外、硬めな話の展開になってしまった朝でありました。今日も東京は暑そうです。

積読消化、本売却 [いま、ここ]

積読を消化しつつ、本棚を溢れさせないために本を売りました。

全49件で15,145円になったのですが、プログラミング本が思ったより高く売れ、嬉しい限りです。

今回、ちょっと自分の決まりをやぶって未読の本も売りました。村上春樹の「騎士団長殺し」です。ハードカバー2冊で場所を取っているけど、すぐ読む気にはなれそうも無かったので。今ならまだ高く売れそうかな、という思惑もありました。結果は2冊で1,150円だったので良かったかなと。

こうやって自分で立てた決まりを変えるのは苦手な方なのですが、必要に応じてやっていくほうが良い気がします。
過去の自分の考えや判断がどうあれ、今の現状に合わないと感じているなら、変えたほうが快適ですもんね。

今日はこれから映画2本見てくる予定です。外暑そう〜。

【書評:自分を好きになろう 岡 映里, 瀧波 ユカリ】 [いま、ここ]

この人の文章、凄い好きです。

クスっと笑えて、ところにより大爆笑。

自己啓発本(というカテゴリーでいいのか?)にありがちな押し付けがましさをまったく感じることなく、一気に読み切りました。

筆者は「人から何かを指示されるのが本当に嫌い(p62)」と書いていますが、そういう点も文章に現れてるのでしょうね。
私も人から指示されるのが本当〜に嫌いなので、その辺の共感度合いは高いのかも。

目次をみるとトピックはわりと普通(に見える)のですが、抽象的なところが少なく、ものすごく具体的、かつ本人の体験談なので説得力もある。

さらにさらさらと読みやすく(重要)、ちょっと笑える。

少しでも気になったら、ぜひ読んでみて欲しいと言える、そんな貴重な本でした。


★ ★ ★

岡 映里さんは、
境界の町で
岡 映里
リトル・モア ( 2014-04-19 )
ISBN: 9784898153864

という本も出しています。

多分、「断片的なものの社会学」の筆者、岸政彦さんのtwitterで見かけて、hontoアプリの買うリストに入れてはあるんですが、まだ未読です。いつか読みたいな。(今の積読が消化されたら...)(7/7 追記:映画を見に行ったついでに買っちゃいました)

岸さんのtwitter経由で読んでる本は思いの外多い気がします。

断片的なものの社会学
岸 政彦
朝日出版社 ( 2015-05-30 )
ISBN: 9784255008516