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風邪でぶっ倒れ中 [それでもどっこい生きてます]

月曜日から頭痛、鼻水、鼻づまりなどの、風邪の諸症状に見舞われダウンしております。
特に頭がイタイ。。。寝れない。

今の感じだと明日もダメっぽい、、、とさりげなく業務連絡。


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Nintendo World 2006と父親達の星条旗 [それでもどっこい生きてます]

土曜日は友達と幕張まで、Nintendo World 2006を見てきました。
Wiiの体験コーナーが充実、、、してたのですが、並ぶ時間が長くてどれもプレイせず。
ゼルダは160分待ちとかになっておりました。
ただ並んでる人たちの多くはDSで遊んでいて、待ち時間も気にならない様子でありました。

Wiiが100台当たる抽選にもさっくり外れて、その後は、父親達の星条旗を見に映画観へ。

いや、、、最近涙腺がゆるいのか、何度も涙がこみ上げてきてしまい、なかなかツライ映画でした。
悲しいというよりは、切ない、やるせない、どうしようもないという気持ち。
3人の主人公の内、ヘイズに感情移入してしまい、彼が泣くシーンでは常に私も泣いていた様に思います。

否応もなく硫黄島でのヒーローに祭り上げられていく3人の男達。

硫黄島では何も「正しい」ことなんてなかったのに、戦争は正しいものだと国民に思わせるため、ひいては戦時国債を国民に買わせるために、ヒーローにされていく3人。

戦場という現実と、アメリカ国内の現実。

映画の本筋である主人公達の視点からみれば、戦場が現実でアメリカ国内が「ウソ」みたいに見えますが、それは立場が違うだけでどちらも現実な訳です。

だから、「現実的に考えて」何かをするというのが表向き「正しい」様に見えても、それは常にウソなんだと叫んでもよい。「王様は裸だ!」と指をさして叫んでもよい。
一つの現実な立場は逆にいえば理想主義的であって、一つの理想主義的な立場は逆にいえば現実的な立場でもありうる。

そんなことをこの映画から思ったわけです。ちょっと偏った見方かも知れないけど。

良くお邪魔している【ファミレスは僕の部屋】のクロブラックさんの記事、【映画『父親たちの星条旗』again】でも取り上げられていましたが、田舎に移り住んで農作業をしているヘイズに通りすがりの人たちが記念撮影をせがむところ、しかも”はした金”を当たり前のようにヘイズに手渡すという行為、特別なシーンじゃないけど、あれはとても印象に残りました。

硫黄島からの手紙と2部作らしいので、そっちも来月見に行きたいと思います。

オフィシャルリンク:
【父親達の星条旗 | 硫黄島からの手紙】


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平面ガエルと普通のカエル [それでもどっこい生きてます]

「ど根性ガエル」で今でも忘れられないエピソードは、ピョン吉が普通のカエルに戻りたくて、色々な手段を使ってシャツから剥がれようとする話です。

ピョン吉はシャツから剥がれたい、平面ガエルじゃなくて普通のカエルに戻りたいと思っている、ヒロシは、このままでいいんじゃないか、一緒にいられればいいんじゃないかと思いつつも、ピョン吉が望む様にシャツからピョン吉を剥がそうと努力する。

最後の方のシーンで、やっとシャツから剥がれた(とヒロシが思い込んだ)ピョン吉は、「ケロケロ」としかしゃべれない普通のカエルになります。
ヒロシはショックを受け泣きながらも、ピョン吉が普通のカエルになってよかったと言うのです。

それを後ろで聞いていたピョン吉(もちろん剥がれていない)は、普通のカエルじゃなくて良い、シャツに張り付いた平面ガエルで良い、ヒロシと一緒にいると泣くのです。

小さいときの記憶なんで、細かいところは違っているかも知れません。

「それでもどっこい生きてます」というカテゴリーは、なんとなく「ど根性ガエル」をイメージして付けたものなのですが、このエピソードの記憶、普通のカエルじゃなくていい平面ガエルでいいみたいな感覚があったのかも知れないな、とふと思いました。


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宝くじと本屋さん [それでもどっこい生きてます]

年末ジャンボの発売日、ということで、暇だったので名物になっている有楽町の数寄屋橋交差点付近の宝くじ売り場に行ってみました。

うあー、並んでる並んでる。。。テレビカメラも来てましたよ。
大体1時間待ちぐらいみたいなんですが、この寒いなか並ぶパワーに敬意を表します。

「金欲しい」といえばギトギトした感じですが、宝くじってそういう「金稼ぎ」よりは、なんというか素朴な願い、みたいなものですよね。初詣みたいな。
その素朴な願いに1時間待ちなのが、なんとなくいじらしいというか、奥ゆかしいというか、そんな気持ちがしたのでした。

私は、ちと離れた別の売り場でバラ10枚をゲットしました。
まぁぶっちゃけ私のが当たるんですけどね。
やー、困ったなぁ。何買おうかなぁ。

本~。

子どもの想像力と創造

子どもの想像力と創造

  • 作者: レフ・セミョノヴィチ ヴィゴツキー
  • 出版社/メーカー: 新読書社
  • 発売日: 1992/12
  • メディア: 単行本


レイコ@チョート校―アメリカ東部名門プレップスクールの16歳

レイコ@チョート校―アメリカ東部名門プレップスクールの16歳

  • 作者: 岡崎 玲子
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 新書


戦後代表詩選―鮎川信夫から飯島耕一

戦後代表詩選―鮎川信夫から飯島耕一

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 思潮社
  • 発売日: 2006/07
  • メディア: 新書


詩を書く―なぜ私は詩をつくるか

詩を書く―なぜ私は詩をつくるか

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: 思潮社
  • 発売日: 2006/03
  • メディア: 新書

詩の本が2冊あるのは、池袋ジュンク堂で詩の企画コーナーが出来てたからです。

今までほとんどまとまった形で詩なんて読んだことなくて、なんか気恥ずかしいけど、とても気になる存在だったりする訳です。なんだろね。


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「はじめて学ぶヴィゴツキー心理学―その生き方と子ども研究」明神もと子編著 [それでもどっこい生きてます]

1920年代、30年代に活躍したロシアの心理学者であるヴィゴツキーの紹介本です。

ヴィゴツキーは、「発達の再近接領域」論を唱えたことで有名らしいです。

今日は誰かの助けを借りないとできないけれど、明日は自力でできるようになるかも知れないこと、そんな領域をヴィゴツキーは「発達の再近接領域」と呼んでいるようです。

そもそも、ヴィゴツキーのことを知ったのは、JASAGでのセッションの一つだったのですが、そこではこの「発達の再近接領域」をサポートする手段としてのゲーミング、「次への足場」としてのゲーミングについて語られていました。

この本を読んで、やっと何の話をしていたのかなんとなく分かりましたし、ゲームと教育を考えるときに面白い視点だ、とも思いました。

発達心理学については、ピアジェという人も有名らしく、そちらの本も読んでみたいと思うのですが、なかなか読みやすそうな本がなかったので、ヴィゴツキーの「子供の想像力と創造」という本を買ってみました。
こっちは解説本じゃなくて本人の本の翻訳本なので、もうちょっと色々とつかめるかも知れません。

はじめて学ぶヴィゴツキー心理学―その生き方と子ども研究

はじめて学ぶヴィゴツキー心理学―その生き方と子ども研究

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新読書社
  • 発売日: 2003/05
  • メディア: 単行本


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1chipMSX来ましたよ [それでもどっこい生きてます]

今日は仕事を休んでのんびりしております。

んで、届きましたよ。1chipMSX。

パッケージの子供にプログラムの作り方を教えてるみたいな図がいいですね~。

パソコンがプログラムを作るものじゃなくなって久しいですが、なんかこういう「プログラムを作る楽しさ」の復権ができないものかと、かなり切実に思っています。

だって楽しいよ?
プログラムって。

こんなにたくさんの人がコンピューター(パソコンやら携帯やらDSやら)を持っているのに、プログラムをする人はごくわずかなんて、非常~にもったいないのですよ。

ゲームを作ったことがあれば、ゲームは遊ぶより作るほうが面白いのは自明のことなのです。

今こそプログラムの復権を!

--
さて、KOKAMI@network vol.9「僕たちの好きだった革命」の先行予約が始まったので、3月3日(土)に予約しました。わくわく。待ち遠しいですな。

参考サイト:
【サードステージ.com:僕たちの好きだった革命】


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議論からダイアローグへの跳躍【議論をすることは良いことですか?その2】 [それでもどっこい生きてます]

例によってgoo辞書(大辞林 第二版)から。

ぎろん 1 【議論】
(名)スル
それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容。
「―をたたかわす」
ダイアローグ 4 [dialogue]
対話。特に、劇や小説中の人物の言葉のやりとり。また、対話劇。
⇔モノローグ

このblogで再三とりあげていることから分かるように、9月3日に書いた【議論をすることは良いことですか?】という記事は自分にとっては、とても大きな転換点になっている様で、自分自身とてもびっくりしています。

だって、記事を書いたときは、ただもう闇雲に思ったことを書いていただけで、「これはオレっち良いこと言ってるぜ。うっしっし」なんて気配すらなかった訳です。

あの記事を書いた後、私にとってはこのblog上で3つのホットな記事がありました。

9月3日:【本田由紀のblog閉鎖、一体お前ら何がしたいんだ!】
9月23日:【空気を読まないロクデナシへの讃歌~国旗国歌強制は違憲という判決に寄せて】
9月28日:【強制と教育の関係について】

この3つに頂いたコメントやトラックバックに対して、議論をすることから逃げてはいけない、もっと人と繋がりを持ちたい、という気持ちと、議論をすることで自分の言葉を殺したくない、という気持ちのせめぎあいで、結構消耗しました。

それ以降はなるべく議論を起こすような記事をコソコソと避けていました。
議論はしたくないから。疲れるから。

それに、【mixiの日記と連動させました】以降、リアルの知り合い、しかも会社の同僚もココを見ている訳で、
「あいつは最近、政治やらの小難しい話を書いていて、付き合いづらいやつだ」
「左翼じゃねーのか」
「右翼じゃねーのか」
「なんか思想はいってんじゃねーの?」
って思われるのが怖い、という気持ちもありました。(幸い、実際に言われたことはないけど)

でも、そんな中で、【キリスト者として今を生きる】さんところの11月20日の記事、【創価学会はなぜ教育基本法「改正」なのか】なんて見つけて、ガッツリ後頭部を殴られてしまう訳です。

創価学会の人と教育基本法について、さらに公明党へ選挙協力をしていることについて、話す場を提供する。

それを「凄い」と思ってしまう自分がいて、「人のこと凄いとか言ってる場合じゃねーだろ」と突っ込む自分もいる。

これは「言論の自由」なんてキレイ言葉じゃなくて、「崖から飛び降りる勇気」とでもいうものです。
「直観でわかる数学」風にいえば、掛け算から割り算への跳躍。
不明なものへ飛び込む力。

当然のごとく、うまくなんてまとめられないですが(もちろん、まとめる気なんてないですが)、対話することの恐怖から議論に逃げ込んでしまうのではなくて、ただ単に対話することから始めてもいいのじゃないか、そんなことを思ったわけです。

それよりもなによりも、Starさんの記事を紹介したかっただけなのかも知れないケド。
誰かに繋ぎたかったのですヨ。

今は「叫ぶ」しか方法がないとしても、いつか叫ばなくても話ができて話を聞いてくれるヨノナカにしたい。
萎縮して生きるのではなく、元気に生きたい。

みんな、そう思ってないですか?

あきらめたらそこで試合終了ですよ。 by 安西せんせい


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「防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション―クロスロードへの招待」矢守克也・網代剛・吉川肇子 [それでもどっこい生きてます]

「クロスロード」というカードゲームの開発の過程を書いた本です。

JASAGに行った後、「実際にシミュレーション&ゲーミングと呼ばれるもので買えるものはないか?」と調べていたときに、このゲームと本を見つけたのでした。

「クロスロード」は、神戸震災での市職員の経験を広く伝える為に開発されたカードゲームで、「神戸市職員震災人材バンク」のデータベースを元に作られています。
詳しくは、【クロスロードとは?】に説明があります。

実際ゲームの方も買ってやってみましたが、ルールも簡単だし、説教くささも薄いという点で、教育ゲームとしては良く出来ていると思いますし、正解がないというのも良いと思います。

ただし、コンピュータゲームと違い、テーブルトークRPGの様に会話が主体になるので、「なぜ自分がその判断をしたのか?」とかの、ちょっと深めな話をすることになるので、そこがダメな人は多いだろうと思います。

そういう意味で、教育系のゲームで一番の壁は「現実の重さ」だろうと思います。

でもそれは教育系のゲームだけの問題というよりは、blogでマジメな話をする場合、たとえば政治や宗教の話をする場合の壁と同じ質の問題だと私には思えます。

少なくとも、今の日本社会では、そういう話は「クライ」「ダサイ」話として、非常に嫌われています。

【東京ファイティングキッズ・リターン】のあとがきで、平川克美さんが、アメリカのパーティなどで、政治と宗教の話がタブーだというのは実はマナーとかの問題じゃなくて、そういう話をする為の言葉の使い方を知らない、主に攻撃の道具としての言葉の使い方しか知らないからじゃないのか、という意味の文章を書いています。

私もその感覚に同意します。日本も似た状況に陥っているように思います。

そんな日本の現状で教育系ゲームを作ること、遊ぶことの困難さをこのゲームをやってみて感じました。

また、この本には、ところどころにゲームデザイナーの網代剛さんのコラムがあるのですが、これがなかなか良い読み物になっていて、ゲームに対する愛情を強く感じるものでした。
多分、JASAGで名刺をお渡しした方だと思うのですが、ちょうど名刺を切らしているとのことでご本人の名刺はもらえませんでした。ただ記憶が曖昧なのでご本人かどうかの確信はありませんです。

ちなみに「クロスロード」は、【ショップルネ】から買えます。興味ある方はどうぞ。

防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション―クロスロードへの招待

防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション―クロスロードへの招待

  • 作者: 矢守 克也, 網代 剛, 吉川 肇子
  • 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
  • 発売日: 2005/01
  • メディア: 単行本


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「東京ファイティングキッズ・リターン」内田樹・平川克美 [それでもどっこい生きてます]

久々のウチダさんの本。(なぜかウチダさんは、他の著者みたいに内田樹って書くことに抵抗があるんですよね。なんでだろ)

一時、集中的にウチダ本を読んでいたことがあって、やや食傷気味になってしまい敬遠していたのでした。

やー、久々に読むとやっぱりいいですね。ウチダさんの本は、
この本は、平川克美さんとの共著ですが、ものすごい量のお手玉を二人でやっているような感じです。もしくは二人縄跳びか。
ゴールがない会話、安易な回収なんてしない会話。

こうやって、本の紹介を書くことを不能にするやりとりの数々。(もちろん言い訳です)

読み返せばいくつかピックアップしたい発言もありますが、多分、そんな細かいことを取り上げても、この本の魅力を伝えることはできないです。

それでも一つだけあげるとすると、こんなウチダさんの一言は、とても奥深いものだと思います。

(前略)ことばを道具にして功利的に使用したことのある人間は誰でも経験的にわかることがあります。それは「ことばを道具にする人間」は必ず「ことばによって道具化される」という逆転です。

まったく、その通りだと思う訳です。

以前書いた、【議論をすることは良いことですか?】で言いたかったことも、議論をしかけてくる相手が「ことばを道具として使ってくる」ことの悲しさ、先の無さだったのかも知れません。
もちろん、自分自身も議論に参加することで「ことばを道具として使って」しまうことになる訳で、そのお互いに先の無いことばの消費が嫌だし、ことばはそんなことをする為にあるのじゃないと強く思うわけです。自分のblogをそんなやりとりの場にしたくない。

お互いに言葉を贈りあうこと。
その行為や時間そのもの。
その当たり前の奇跡を恐れないこと。
先回りして言葉を封じてしまわないこと。

この本を読んでいて、またblogを書いていても、そんなことを思うのでした。

東京ファイティングキッズ・リターン

東京ファイティングキッズ・リターン

  • 作者: 内田 樹, 平川 克美
  • 出版社/メーカー: バジリコ
  • 発売日: 2006/11/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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三連荘again [それでもどっこい生きてます]

また三連荘飲みに突入中です。んで明日(もう今日か)が最終日。
本当は明日(もう今日だよ)の飲み会だけのハズの予定だったのに、なぜやらこんなことに~。
あーうーおー。

さて、、、寝ないと。

明日(だから今日だって)の飲み会が一番ヘビーなハズだし。メンバー的に。


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