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カンニングする、ということ [それでもどっこい生きてます]

【キリスト者として今を生きる】さんトコロの記事で、カンニングについて議論されています。

【クビにされるかも…】というエントリーと、そのコメント欄なんですが、これを読みながら、自分が「教育で強制されることが嫌だ」となんで言い続けているのか、なんとなく分かった気がしました。

うまく言えないのですが、「ルールを守ること」と「本当に大切なこと」が同じではないのに、それを同じとして考えなくてはいけないといわれること、「本当に大切なこと」を「ルール」に置き換えて、なんでもルールとして守らせようとすること、またその逆に「ルール」なのに「本当に大切なこと」のような言い方をされること、そんな感じのことが嫌だったのかも知れません。

しかも、さらに「ルールを守らなければ学校(社会)から追放されてしまう」という恐怖も加わって、もうどうしたら良いのか分からなくなってしまったのかなぁ。

・・・うーん、どうもうまく言えないですけど、自分にとって学校や教育に対する嫌悪感みたいなものは、この「ルール」と「本当に大切なこと」の捻じれを無視できない気持ちから来てる様な気がします。

ちなみに私はカンニングしたことありませんが、一度だけ、中学の時友達に手伝ってくれって言われて、とても困ったことがあります。半分脅しだったし。
結局あれは断ったんだったかなぁ。覚えてないなぁ。
カンニングする度胸なんてなかったから、多分断ったんだろうなぁ。

あー、改めて考えてみるとテストの思い出って、色々ありますねー。

私は暗記がニガテなので、歴史の年号とかはほぼ全滅だったけど、「百姓一揆の時の農民の気持ちを書きなさい」とかいう問題は得意でした。(笑)


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