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空気を読まないロクデナシへの讃歌~国旗国歌強制は違憲という判決に寄せて [それでもどっこい生きてます]

私個人は国旗や国歌に、とりたてて賛成も反対もないです。
中学まで剣道をやっていたのですが、剣道大会の開会や閉会では必ず君が代が流れていましたし、自分も歌っていました。

今回の判決も「当然のことだよな」という以上の言葉はないです。
「強制」なんてありえないですから普通のことですし、控訴されても勝ち続けて欲しいと思っています。
だから、個人の感覚のレベルでは記事にする必要はありません。

ただ、この当然のことが「画期的判決」と言われてしまう現状は異常だと思っていて、それだけは書いておきたいと思って今書いています。未来の自分に伝える意味も込めて。
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【東京新聞9月22日朝刊:国旗国歌強制は違憲】
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東京都立高校などの教職員ら四百一人が都と都教委を相手取り、入学・卒業式で日の丸掲揚と君が代斉唱に従う義務がないことの確認と、都教委による懲戒処分の禁止を求めた訴訟の判決が二十一日、東京地裁であった。
難波孝一裁判長は「国歌斉唱などを強制するのは思想・良心の自由を保障した憲法一九条に違反する。都教委の通達や指導は、行政の教育への不当介入の排除を定めた教育基本法に違反する」と述べ、原告側全面勝訴の判決を言い渡した。
都教委側は控訴する方針。 
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以下、法律とは関係ない話。

先日の「イェルサレムのアイヒマン」を取り上げるまでもなく、ただ何も考えず「組織の良心」に従って生きていくだけで良いとは思えません。それが仮に大多数から良心と呼ばれるものであったとしても「とにかく自分は嫌」なことはあるはずです。自分の良心に反することはあるはずです。

「場の空気を読んで!」という言い方がありますが、この言葉、最近とても嫌いになりました。

社会生活では大切な「空気を読む」という能力。

確かに処世術としては必要な面が多いですし、なんでもかんでも角付き合わせれば良いわけではないのは確かですが、あまりに空気を読む能力を高めてしまうと、「自分は何が嫌なのか」ということが分からなくなってきます。
そしてそれは、「自分は何が好きなのか」ということが分からなくなっていくこと、他人の頭の中を推測しすぎて自分の頭で考えなくなるということ、そういうことに繋がっていくと思います。

私はそんな自分が嫌でたまりません。
自分の良心の声を聞かず、組織の良心に身をゆだねてしまう自分が嫌でたまりません。

そんなとき、こんなブルーハーツの歌は、本当に自分を救ってくれる訳ですよ!

ロクデナシ 作詞・作曲/真島昌利

役立たずと罵られて 最低と人に言われて
要領良く演技できず 愛想笑いも作れない

死んじまえと罵られて このバカと人に言われて
うまい具合に世の中と やっていくことも出来ない

全てのボクのようなロクデナシのために
この星はグルグルと回る
劣等生でじゅうぶんだ はみだし者でかまわない

お前なんかどっちにしろ いてもいなくても同じ
そんなこと言う世界なら ボクはケリを入れてやるよ

痛みは初めのうちだけ 慣れてしまえば大丈夫
そんなこと言えるアナタは ヒットラーにもなれるだろう

全てのボクのようなロクデナシのために
この星はグルグルと回る
劣等生でじゅうぶんだ はみだし者でかまわない

(Oh~ 生まれたからには生きてやる!生まれたからには生きてやる!)

誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか

全てのボクのようなロクデナシのために
この星はグルグルと回る
劣等生でじゅうぶんだ はみだし者でかまわない


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